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奈良時代、聖武天皇の頃に開山。医王山来迎院と号し、鎌倉歴代将軍の信仰も厚かった。左甚五郎作という山門や久明親王墓、薬師如来等、古き昔の面影が偲ばれる。明治初年まで山頂の奥の院に三社権現を女人禁制であった。 |
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| 逗子八景の一つ、『披露山コース』は約5.5kmのコースである。 |
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都心のハイキングコースというと、山よりに行くイメージがあるが、逗子でハイキングはいかがだろうか? 夏の海水浴シーズンで逗子はお馴染みの場所であるが、湘南を一望できる場所もある。歴史と伝説の道を求めて、気軽な秋の日帰りハイキング計画を練ってみてはいかがだろうか?
湘南を一望できる景勝の地、相模湾越しに見える富士山も絶景で『逗子八景』の一つ、『披露山コース』は約5.5kmのコースである。緑ケ丘バス停〜光明寺団地〜小坪坂〜姥ケ谷〜住吉城址〜正覚寺〜海前寺〜小坪寺〜天王社〜仏乗院〜披露山〜七曲り〜高養寺〜不如帰碑へと抜ける。古東海道の一部であった伝えられ、姥ケ谷から鎌倉方面へ向かうコースもある。
『披露山・浪子不動ハイキングコース』は披露山公園駐車場から披露山公園駐車場を抜ける、海と山の両方を楽しめる、往復で30分程度の散歩道といった趣き。周辺は落葉広葉樹とタブノキ等の雑木林で、野生のタイワンリスに出会うこともできる。明るい谷あいのコースは、後半に沢と交差しながらのなだらかな道で、浪子不動まで下りてくると目の前に逗子湾が広がる。この付近を舞台とした徳富蘆花の小説『不如帰』のヒロイン・浪子の名からきた浪子不動がある。不如帰の碑、さくら貝の歌の歌碑がある。海を見ながら細い道を海岸へ向かうと、ヨットハーバー脇の披露山公園へ帰る登りのハイキングコース入口がある。このコースは、最初こそ登り階段が続くが、逗子湾を眺望することができる。
逗子の歴史と伝説を辿る『名越切通コース』は、JR逗子駅前から山の根地区の横穴古墳を訪ね、久木にある古い寺々に参詣するコースである。国指定史跡・名越切通を越えるコースは日本の中世の古道のたたずまいがただよう。途中、水道タンクの下から亀ヶ岡団地を抜け久木へ出る坂道を下る。この久木周辺は、古道の面影が残り、江戸時代になって浦賀道の一部となった切通道が忍ばれる。日本の古い道というと京都や奈良…点というイメージ持つ人も多いが、鎌倉時代には日本の中心であった、この場所を見逃してはいけない。
さらに『六代御前コース』は、亀岡八幡宮から清水橋のたもとの胤義遺孤の碑に詣で、延命寺の三浦道香主従の墓にお参りするコースである。江戸時代から明治の頃から、この道が上桜山方面から逗子へくるための主要道であった。その昔は、草鞋ばきの旅人やたまに荷を積んだ馬が通るという寂しい道であったが、今は道沿いに小さなお寺や社、苔むした石仏等が残っており古道の在りし日の姿を物語る。江戸時代末文政年間の頃は、伊豆や真鶴方面でとれた魚を田越川まで運び桜山の名主石渡家の邸前あたりで荷揚げしたという。さらに船越境の山を越え榎戸まで運び、再度海路江戸まで運んだと伝えられている中継地点だった。
JR東逗子駅から神武寺を目指しす『鷹取山ハイキングコース』は約1時間30分のコースだ。神武寺までの登り坂は杉や桧の植林や雑木林に囲まれた道で、逗子層と呼ばれる泥岩が岩肌を現わし石畳のように凸凹している。山門の直前で池子参道と合流する。神武寺は神亀元年(724年)に建てられた国分寺の一つで、僧行基の開創と伝えられる。三浦半島唯一の天台宗の古寺で、逗子市の天然記念物である。境内の周辺の木々は大樹が多く、本堂前にあるホルトの巨木は樹齢400年で”なんじゃもんじゃの木”として有名である。明治の始めまでは女人禁制であり、山伏や修験者の荒修業の道場であった。登り詰めと『十州望』と名付けられた岩上の展望台に立つ。伊豆半島、三浦半島、房総半島が眺望できる。
逗子のハイキングコースで最長、約2時間半のコースとなるのが『二子山自然遊歩道』である。JR東逗子駅前のロータリーを抜け、沼間小学校のグラウンドを周りこんだ先が遊歩道の入口となる。駅からの近さが信じられないような静かな山道で、木々の間から眺められる東京湾が美しい。シダ沢、マムシ沢、さくら沢を過ぎると頂上となる。さらに整備された広い道を登り詰めると展望台がある。そこから分岐点に戻り、長柄方面に下ると渓流に沿った沢歩きコースなる。その森戸川の両岸にはシロダモ、アカガシ、コナラ、エノキなどの雑木林や杉林があり。野鳥も多く、オオルリ、サンコウチョウ、ホトトギスなどとも出会える。
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