| アルペンスキー世界選手権サンアントン2001が終わって……。 |
アルペンスキー発祥の地で行われた世界選手権サンアントン大会は、日本でも衛星放送でレース中継がされたが、スキー王国・オーストリアは各国のを招きその生誕100年を祝う意味でも様々なイベントが開催された(最終日の華となった男子SL競技では、席に陣取ったプーチン大統領もさかんに映されていた)。
高さ5mの大会シンボルタワーはズワロフスキー製のクリスタル!
大会期間中、サンアントンの街に世界選手権のシンボルとして設置されたクリスタルタワーはオーストリアの誇るクリスタルトロフィーのブランド『ズワロフスキー』が製作した。燭台や灰皿程度でも数万円するだけが予算は度外視したもの。太陽光、ファイバーグラスを会してのライテリング効果で幻想的な演出で話題となっていた。ちなみに、優勝杯も同社が製作したものであった。
また、街中の氷像はオーストリア、スイス、イタリア、アメリカから参加した500人のボランティアによる作品で、1月24日から製作されていたものであった。
スキー・デモンストレーション
スキー史100年を開会式で再現すべく、オーストリア・スキー連盟(OSV)は一大デモチームを結成して。開会式でデモンストレーションを行った。オーストリアがスキー技術史におけるターンニング・ポイントとしたのは、以下の5つである。
マチアス・ツダルスキーの1本杖による山岳スキー術
ハンネス・シュナイダーの確立した「スキーメソッド」
ウェーデルン。世界に広まったスキー技術。
シュビンゲン。ヴェーレン・テクニックに代表される曲伸系スキー技術。
カービング。
以上のデモンストレーションのプログラムは、サントクリストフの国立スキー学校(ブンデスハイム)のウェルナー・ウォンデル教授の指導も元、選抜されたデモンストレーターによって再現された。
ちなみに、世界選手権を主催するアールベルグ・スキークラブは1903年の発足当時のメンバーは8人であった。現在は5300名を越え、メンバーにはトニー・ザイラー、スウェーデン国王を始め政財界の人物も多数所属している。
参加は全36カ国
今回の世界選手権は世界36ヶ国から選手が参加した。以前はトルコ、ヴァージン諸島、フィリピン、中国、韓国といった国々からのナショナルチームも見受けられたが、少々減った感がある。
カール・シュランツ、栄誉賞授与される。
かつてのW-Cupチャンピオン、地元出身のカール・シュランツは2001年2月1日、世界選手権開催を機に改めて栄誉賞を授与された。授与式会場は、57年前に彼自身(現在62歳)が始めてスキーを始めた場所で行われた。サンアントン市長であるフーベルト・スプリンガーは、今回の世界選手権開催に至るまでの功績を称え、今後もサンアントンの顔として広報活動やクラシックレースの大会組織委員として幅広い活動を続けることを要請したとのこと。
観客動員数、20万人を越す!
2月8日に発表されたデータによると、今回の世界選手権の観客動員数は20万人を超えた。開催期間中には天候の関係で日程の変更も余儀なくされたが。W-Cup、クラシックレースとなれば3万5000人という記録があったのだが、男子SL会場には4万5000人の観客が押し寄せ、主催者側の予想を大幅に上回った。
当初の観客動員数は女子DHで最高2万人。予備スペースは8000人というものであった。観客のセキュリティという面からも、大幅な入場人員の増大は避ける、という主催者側の判断で入場制限をした。なにしろ、以前インスブルックのスキー場におけるスノーボード大会で観客が一斉に移動したために起きた死亡事故を起こした、という苦い経験もあるのだ。
ちなみに、観客の6割がたは地元チロル州の住民とのこと。その多くは列車を利用して訪れている。また、今シーズンのヨーロッパアルプスは雪不足気味とあって、道路交通網における深刻なトラブルも起きなかったのも幸いであった。ちなみに期間中は、1日平均300人の警察官が常勤した。
もっとも、GSLやSLといった1本目・2本目の競技が開催される日はアルコール飲料の売り上げが一気に伸びるたで、警察官は暇というわけではなかったようだ。
世論を味方につけた軍隊。
オーストリアは永世中立国家であり三軍(陸、川、空)を保有している。今回の世界選手権も、W-Cupレースと同様に山岳部隊を中心とした連邦軍がサポートした。ヨーロッパ各国からオーストリアの右派政権に懸念する声がある中、ヘルベルト・シュイビナー国防大臣は「軍は国民と共にある」という声明を出し、世界選手権の成功はその成果であることを強調していた。
サンアントンの観光収益は?
実のところ、ここ数年、アルペンスキーの故郷であるサンアントンの観光収支は少々落ちていた。ところが、今回の世界選手権の開催によって観光ビジネスに良い効果をもたらした、と専門家の分析が出た。サンアントンの街の商店も相応の利益を上げたようだ。
しかし、割をくった業者もいる。開催期間中に運行された無料シャトルバスのおかげで、地元のタクシー会社は思ったほどの収益が無かったらしい。また、大会中の連日に行われるパーティ(食事の招待など)に出かける客ばかりで、約100万シリングの収入を損したというホテルがあったとのこと。
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