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| 草津温泉を世界に紹介した、ドイツ人医師が推奨した入浴法とは? |

自噴湧出量31,582g/毎分と、2位の別府温泉の15,448g/毎分を大きくリードしているのが、群馬県の草津温泉である。
現在では、掘削技術の進化で地下1000mから温泉を汲み上げる事もできるが、自然に湧き出る温泉でこそ温泉と考える向きには「草津温泉こそ日本一」というわけである。
草津温泉の総湧出量は、別府温泉郷、奥飛騨温泉郷、由布院に次いで全国第4位である。その名前の由来は諸説あり。仏教の「大般若経」の「南方有名是草津湯」あるいは涌き出るお湯の匂い(硫化水素の匂い)から”くさうづ”と呼ばれ、それが草津となったとも……。
そんな草津温泉の発見は、大和朝廷の頃、奈良時代の頃あるいは鎌倉時代の頃と、これまた諸説ある。しかし、決定的なのは慶長元(1596)年に豊臣秀吉が病中の徳川家康に草津の湯の特効を教えて、湯治を奨めたという記録が残っていることである。以来、将軍家は草津の湯を汲み上げ、江戸城に運ばせて入浴したということである。
そして、松尾芭蕉や十返舎一九も訪れ、草津温泉に足跡を残したことから、広く人々にしられたという訳である。
数多くの著名人が足を運んでいたり、なんらかの形で関わっているのが草津温泉である。以前紹介した、入浴時間を区切って営業するシステムも、明治10(1877)年に草津温泉から始まったものである。
そして、草津温泉が世界的に知られるようになったのは、翌年のエルヴィン・フォン・ベルツ医学博士(1849〜1913)の来日がきっかけである。
生理学、病理学、内科学、産婦人科学を専門とした博士は、東京医学校(現・東大医学部)に招聘され、26年教鞭を務め、その後は明治、大正両天皇に仕えた宮内省侍医となった人物である。言わば、近代日本の医学の礎を固めた人物として、歴史に名を残している。また、草津温泉の成分を数回にわたって分析し、独自に研究した正しい入浴方法を指導しているのであ。
そのベルツ博士が、草津温泉を”世界無比の高原温泉”と評したのは、著述書『ベルツの日記』にある以下のような一文からであった。
「草津には無比の温泉以外に、日本で最上の山の空気と、全く理想的な飲料水がある。 もし、こんな土地がヨーロッパにあったとしたら、カルルスバード(チェコにあるヨーロッパ1と呼ばれる温泉地)よりも賑わうことだろう……」
草津の温泉を好んだ博士が、自ら提唱した「入浴法」とは以下の内容である。同時に、私費を投じて草津に6000坪の土地を購入し、我が国最初のクアハウスを建設し公開している。そう、博士はクアハウスの概念を日本に知らしめた人物でもあるのだ。
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【ベルツ博士の推奨した温泉入浴法】 |
| 1 |
泉質を下げないために水を加えずに、お湯の温度を下げるたに「湯もみ」を行う。これは、入浴のための準備運動としての効果もあり、2〜30分行うのが効果的とされている。
*湯もみ自体は幕末から行われている。
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| 2 |
手桶により頭に3〜40杯の「かぶり湯」。高温のお湯に入ることによる、急激な血圧上昇に備えたり、貧血をおこさないように体を熱さに慣らしておくのに適切である。 |
| 3 |
湯長の号令で一斉に3分間の入湯。その後、同じく号令で一斉に出る。 |
| 日本人の熱い湯好きは、ベルツ博士の入浴法が始まりだった? |
この、一斉に入湯〜一斉の退湯するという入浴方法は、極端な話「湯ただれ」を起こすぐらいに熱い湯船で肌を刺激をし、人間の持つ自浄作用を促進するという医学的な裏付けからきている。
ベルツ博士によれば、この入浴法を1日4回繰り返すことで健康促進に役立つ、としている。もちろん、草津温泉独自の泉質を研究しての入浴方法である。一方で、その後日本人独自の”熱い湯に我慢して入る”という入浴の仕方も、この方法が全国に広まった結果と考えた方が自然だろう。
ちなみにベルツ博士は、日本人の妻・荒井花子と結婚しているが、こんなエピソードがある。冬期、夫人と共に草津を訪れた際、旅館の女性従業員がヒビやアカギレに悩んでいる場面に遭遇したとき……。
「スキンケアは糸瓜(へちま)水か馬の油しかなく、日本中の女性は悩んでいるのです……。」
妻の言葉に、博士は凍傷治療薬を変法した化粧水「ベルツ水」=スキンローションを考案。それは、植物油からの石鹸の製造を指導し、その製造過程から生まれるグリセリンと消毒用エタノール(当時は日本酒などで代用)から簡単に製造できるものだった。後に大阪・盛香薬館が発売したベルツ水は「美人アセシラズ」の名前で販売されている。
現在、草津町には24時間利用できる日帰り温泉が18あるが、上記の入浴法が体験できる浴場が2つある。地蔵の湯(湯長・高原喜輔 TEL0279-88-2963)、千代の湯(湯長・中島とみよ TEL0279-88-5574)で、湯長の号令の基で入浴というのはいかがだろうか?
草津温泉内に点在する温泉は、地元の人達がその浴場の管理・保存・清掃等を行っている。ベルツ博士は、草津温泉の恩人であり、ベルツ通りという地名も残っている。地元の人たちは現在も”ベルツ先生”と呼んで敬意を表している。
現在、博士の生誕の地であるドイツのビューティッヒハイム・ビッシンゲン市と草津市は姉妹提携を結び、町制施行100周年の折には「ベルツ博物館」(草津温泉入り口、道の駅の向かい側)も完成している。子宝に恵まれたベルツ夫妻の子孫はドイツに健在とのこと。
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