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| 濃い温泉が大好きななら、お気に入りの一つになる天狗温泉。 |
長野と群馬県境の浅間山(標高2568m)は2001年7月23日をもって、火口から500mの外輪山・前掛山までの入山が可能になった。この火口2km以内への立ち入り許可は1973年の噴火以来であるから、実に28年ぶりのことである。
かつては行列ができるほどの登山者でにぎわった浅間山だが、昨年は約1万5000人程度が入山と落ち込む一方であった。そのため活性化にと、地元から規制緩和を求める声が上がり、規制緩和にむけての署名運動も行われていた。小諸市では上記の日より、小諸を登山口とする2コースに限り、前掛山山頂(火口から約500メートルの第2外輪山)まで、登山者の自己責任を訴えながら、浅間山登山規制緩和を決定したという次第だ。
浅間火山は長い時間をかけて誕生した、複雑な構造をもってる。最下部の黒斑火山が誕生したのは約10万年も前のことと考えられている。鼻曲火山、浅間牧場付近の火山、浅間山あたりにあった古い火山などの上に成長して、古代の浅間山は海抜高度2,800〜2,900mほどの大きな円錐形の火山になったと想像されている。
その黒斑火山の活動は、今から約2万年ほど前まで続いていたが、末期烈しい爆発によって、山頂の東半分が崩れ落ちてしまったのである。その黒斑山の活動が終り、デイサイトの噴火活動によって大量の溶岩によって仏岩火山が誕生した。これは今から約2万年ほど前のことと推測されている。
休止期間の後、約1万3000年前にはデイサイトの軽石を大量に噴出させた噴火が起こる。軽石流(火砕流の一種)は山麓部を埋めつくし、千曲川、湯川や吾妻川の谷も埋まり、南軽井沢のあたりには湖ができました。この軽石流の噴出は3回前後わたって起こり、噴出口のあたりを中心に山体が陥没したと考えられている。
再び、休止期をおいての活動では、前掛山が成長した。今から数千年前と思われている。浅間山東側の山麓につもる火山灰や軽石の層の重なり方から見て、10回ほどの大規模な活動の時期があったと考えらている。表層に重なる火山灰の層から、縄文時代中期(約4500年前)(D層)、4世紀中頃(C層)、天仁元年(1108年)(B層)、天明3年(1783年)(A層)に大噴火があったことがわかっている。前掛火山の頂上は二重で、前掛山の火口ができたのは天仁元年の大噴火の時ではないかと考えられている。その火口の中に小さな中央火口丘ができ、天明の噴火以来急速に大きくなって、現在の釜山となった。
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| 小諸、上信道方面からチェリーパークラインを北上すると、ASAMA2000スキー場。浅間山荘は登山道入口にある。 |
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しかし、そんな激しい活動を続ける浅間山の山容はなだらかな女性的なもので、南・北に広大な裾野が延びて草木や樹木が茂っている。中腹から山麓は、わが国でも有数の蝶の生息地で、ミヤマモンキチョウ、アサマシジミなどが生息する。登山口は軽井沢、信濃追分、御代田、小諸の4ヶ所ある。その登山口のひとつ、浅間山登山口にある天狗温泉・浅間山荘を拠点に温泉が楽しめる。
天狗温泉は「全国泉質別ベスト10」で鉄鉱泉の日本一になったほどの良質の温泉である。実際、入浴してみると、鉄分の赤色がタオルに染み付いて取れないほど、浮遊成分が濃いことで知られる。やはり、温泉と呼ぶからには火山性の源泉に勝るものはないと教えてくれる。
浅間山荘へのアプローチは、小諸からチェリーパークラインを登っていくと、目印の看板が出現する。看板のから浅間山荘まで約4キロという距離だが、全てが未舗装道である。しかし、道幅は十分に確保されていて、大型バスも通行が可能である。浅間山荘のすぐ横にある浅間山登山道入り口である一の鳥居となる。
この天狗温泉浅間山荘にはキャンプ場もあって、浅間山麓でアウトドアライフを楽しみつつ温泉を楽しむこともできる。テント用フリーサイト、コテージ、バンガローから多目的ホールやテニスコート、グランドと施設も充実している。
| 民営国民宿舎 天狗温泉浅間山荘データ |
| 場 所 |
〒384 長野県小諸市野馬取 0267-22-0959(または小諸市商工観光課 0267-22-1700) |
| 交 通 |
上信越自動車道小諸ICより浅間サンライン経由25分。小諸駅より車で25分・送迎バス有り(要予約) |
| 泉 質 |
単純鉄冷鉱泉 |
| 効 能 |
神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え性、月経障害、慢性消化器病、痔、病気回復期など |
| 料 金 |
日帰り入浴 \500(1泊2食 \8,500〜。合宿団体料金あり) |
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