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連載 トップスキーヤー海和俊宏・渡辺一樹のSNOW TALK
第16回「急げ、新世紀のスキーヤーへのバージョンアップ。」 渡辺一樹
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| 佐藤正人さんの現役時代のすべり |
今回は僕が基礎スキーを始めてからの滑りの傾向やスタイルの変化を、技術選の移り変わりとともにちょっと振り返ってみましょう。僕が技術選にでるようになったのは1986年、今から約15年ほど前のことです。当時の滑りのスタイルは、高い姿勢でのバランス能力やフォームの美しさを追い求める風潮が強く、スタンスもクローズドスタンスを取りエッジングの質そのものよりも美しいシルエットを表現する滑りが主流とされていました。
当時のトップデモの佐藤正人・吉田選手らは、整地不整地にかかわらず難しい斜面でも一糸乱れぬフォームを表現し高い評価を受けていた訳です。しかしそこに割って入ってきたのが斉木・出口といったスピードを武器に戦う競技上がりと言われたスキーヤー達でした。おりしもこの年から基礎スキー選手権から技術選という名に名称変更され、スキーヤーのスピード化に拍車がかかったと言うわけです。
この年初挑戦の僕にはスキー技術の何たるかはほとんど持ち合わせておらず、勝負できるのはスピード(制限滑降)とジャンプ(ゲレンデシュプルング)のみ、トップも取りはしたものの最下位もあるというほろ苦いデビュー選でした。その後我満・佐藤譲といった現役レーサーも技術選に参加、スピード化の波はいっそう激しさを増しました。このスピード重視の風潮は90年頃まで続き、その間にベンディングターンやオープンスタンスによる両足同調操作的なテクニックも現れました。
そして91年にサンアントンで行われたインタースキーからは単なる落下スピードではなくしっかりと回転弧を描きながらのスピードという方向に変わります。しかし技術選の種目もインタースキーでオーストリアが見せた切り換え方法による技術の仕分けの影響からか、ストレッチングやステッピングというように、切り換え方法ごとに種目をもうけ競い合う時代が2年間続くことになります。そしてインタースキーの開催地でもある野沢温泉に会場をうつしてからはターンそのものの質を問うような種目設定へと修正がなされ、大回り小回りと言う単純な種目設定に加えターン弧や斜面あるいはリズムの変化を種目に盛り込んだ大会となっていきます。
その後95年にオガサカスキーがカービングスキーを投入したのをきっかけに、技術選のカービング化が始まります。96・97年はカービングスキーの使用率としてはそれほど高い物ではありませんでしたが、98年田沢湖で行われた技術選にはほぼ100%の選手がカービングスキーを駆使して戦う時代に突入します。そして98・99年はスキーの特性を引き出すための技法を競い合い、2000年の八方でカービングテクニックがほぼ確立されたといって良いのではないかと思います。ここまでが僕が感じる第一次カービング時代、そして21世紀とともに第二次カービング時代が始まろうとしています。
カービングはロングターンにとどまらずショートターンへとその活用の場を広げつつあります。スキー自体もロングターンベースのカービングモデルからショートターンベースのスキーへと進化し、滑りのスタイルも3年前とは全く違うテクニックを使うようになりました。何処まで進むのかこのマテリアル革命。これまで蓄えた技術を否定することなく、新しいマテリアルに合わせたテクニックを身につけ、思い通りのターンを描き壮快感を楽しもうではありませんか。スキーとスキー技術は異常ともいえる速さで進化しています。スキー情報をしっかりチェックし、新世紀のスキーヤーへとバージョンアップを急ぎましょうネ。
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